第19話:【寒月のバイオリン】不器用なドリップと、とろけるお芋のチーズケーキ
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人は、一度思い込むととことん形から入りたがる不器用な男である。
漱石の描いた『猫』では、寒月が手製のバイオリンを大事そうに磨き上げ、その音色の美しさ(と自己満足)を苦沙弥先生に語って聞かせたが、我が主人が磨き上げていたのはバイオリンではなく、珈琲のドリップポットであった。
「……ソーセキ、見ろよ。この細い注ぎ口から落とす一滴一滴が、珈琲の味を左右するんだ。まさに繊細な楽器演奏と同じさ」
主人は眼鏡の奥の目を輝かせ、ピカピカに磨いた銅製ポットを構え、まるでヴァイオリニストのような神妙な顔つきでプレオープン用の珈琲を淹れ始めた。
しかし、現実は厳しい。
「ああっ……! 手が震えて一気にお湯が出ちゃった……! 雑味が……雑味が抽出されてしまう……!」
不器用な主人は、力みすぎるあまり手元を狂わせ、目指していた「至高の一杯」とは程遠い、少々苦味の強い珈琲を淹れてしまったのである。自分自身の不器用さにガックリと肩を落とし、カウンターに突っ伏す主人。
「……はぁ。会社でも器用に立ち回れず、珈琲ドリップひとつ満足にできないなんて、俺は本当にダメな奴だな……」
すっかり落ち込んで自暴自棄になりかけた主人は、気晴らしに冷蔵庫からひとつのケーキ箱を取り出した。川越の路地裏にある人気スイーツショップで買い込んできた「さつまいものチーズケーキ」である。
「……失敗した苦い珈琲と一緒に食べるか」
箱から出したチーズケーキは、濃密なさつまいものペーストと滑らかなチーズが見事に層をなしている。フォークで一口すくって口へ運ぶと、濃厚なチーズの酸味と、さつまいもの優しい甘みが口いっぱいに広がった。
そして、そこに失敗したはずの「苦めの珈琲」を一口流し込む。
「……あ、えっ……!? 美味い……!?」
驚いた主人が目を丸くした。失敗して苦くなりすぎたと思った珈琲の強い苦味が、チーズケーキの濃厚な甘みとコクに見事にかみ合い、絶妙なハーモニーを醸し出していたのだ。
「完璧じゃなくてもいいんだ……。少し不器用で苦い珈琲でも、合わせるものや受け止め方次第で、こんなに美味しくなるんだな」
単体での完璧さに固執していた主人は、思いがけない調和に救われ、パッと表情を明るくした。
珈琲とケーキを綺麗に平らげた主人は、晴れやかな顔で再びドリップポットを手に取った。
吾輩はカウンターから飛び降りると、立ち直りの早い主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うぐっ……ソーセキ。お前の重みも、不器用な俺には丁度いいバランスなのかもな」
主人は苦笑しながら、落ちないように背中を丸めて手でそっと支えてくれる。
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 川越市内の洋菓子店・カフェ(菓子屋横丁・一番街周辺)
- 川越グルメ: さつまいものチーズケーキ
- 小ネタ: 川越特産のさつまいものほくほく感と濃厚なチーズがマッチした絶品スイーツ。不器用な失敗や苦い経験も、優しく包み込んで味わい深い思い出に変えてくれる一品。

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