第13話:【車屋の黒猫】あおいへの見栄と、枡入りの抹茶ティラミス
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人は週末になると、路地裏の「古本と珈琲の店」で不格好なエプロンを締め、プレオープンに備えて不器用な手つきで珈琲豆を煎っている。
漱石の描いた『猫』には、車屋の黒猫という乱暴で威張り散らす男伊達(おとこだて)が登場するが、吾輩の周囲にも少々鼻につく連中がいる。
この日、一番街の老舗和菓子屋の店先で気品を漂わせている三毛猫の「あおい」が、ふらりと我が店の路地裏を通りかかった。あおいは気高く美しく、言葉ひとつ交わすにもこちらの背筋が伸びるようなマドンナ的存在である。
吾輩はあおいにいいところを見せようと、持ち前の知性を気取り、カウンターの端で前脚を組み、我が主人の珈琲ドリップをさも自分の指図でやらせているかのように見せかけてやった。
「ふん、吾輩の指導があればこそ、この男の珈琲もどうにか飲めるレベルになるのだよ」
そう誇らしげに鼻を鳴らした瞬間――
「わあっ! 熱っ! ソーセキ、突然腕に擦りついてくるなよ!」
ドリップにお湯を注いでいた主人が驚いて声を上げ、お湯をドボドボとこぼしてしまった。あおいは「あらあら」と言いたげな顔でフッと鼻で笑うと、美しい尻尾を優雅に揺らして立ち去ってしまった。格好をつけるどころか、大醜態である。
「まったく……あおいの前で恥をかかせおって……」と意気消沈する吾輩の横で、主人もまたガックリと肩を落としていた。
「はぁ……会社では赤シャツの上司に『要領が悪い』と嫌味を言われ、店でもドリップを失敗し……俺も猫も、格好がつかないなぁ」
主人がため息をつきながらテーブルに広げたのは、Hatsuneya Garden THE CAFÉクリックするとサイドパネルが開き、詳細が表示されますで持ち帰ってきた看板スイーツ「抹茶ティラミス」であった。
「……ま、傷ついた男ふたりで、甘いものでも食べて仕切り直すか」
端正な木の枡に盛り付けられた緑鮮やかな抹茶パウダーの下から、スプーンですくうとトロリとなめらかなマスカルポーネクリームが顔を覗かせる。口へ運べば、河越抹茶の上品なほろ苦さとコクのある甘みが重なり合い、失敗した主人の心と、見栄を張り損ねた吾輩の羞恥心をじんわりと包み込んでいく。
「うまっ……抹茶の苦味とクリームの甘みが絶妙だな。不格好でも、地道に美味いものを追求すればいいよな」
口の端にうっすら抹茶パウダーをつけたまま笑う主人の顔から、少しずつ卑屈さが消えていった。格好悪くても前を向くその姿は、あおいに見せたかった偽りの気取りよりも、ずっと生き生きとして見えた。
吾輩はフンと鼻を鳴らし、見栄を張るのをやめて、甘い香りを漂わせる主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うぐっ……ソーセキ、お前も格好つけるのは諦めて、素直に俺の背中に乗ることにしたのか?」
主人は苦笑しながら、落ちないように背中を丸めて手でそっと支えてくれる。
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: Hatsuneya Garden THE CAFÉ(川越市元町・一番街近く)
- 川越グルメ: 河越抹茶の「抹茶ティラミス」
- 小ネタ: 明治創業の料亭の歴史を受け継ぐ洗練されたロケーションで人気のカフェ。木の枡に入った「抹茶ティラミス」は看板メニューで、河越抹茶の上品な苦味となめらかなマスカルポーネの味わいが、見栄や失敗で傷ついた心をじんわりと癒やしてくれる。

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