第21話:【多々良三平の訪問】要領のいい後輩と、濃厚な河越抹茶タルト
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人の周りには、真面目で器用貧乏な主人とは正反対の「世渡り上手」がたまに現れる。
漱石の描いた『猫』には、苦沙弥先生のかつての教え子で、実業家として要領よく立ち回る多々良三平という青年が登場するが、我が主人の元にやってきたのは、会社の後輩で営業エースの「多々良(たたら)」であった。
「先輩! プレオープン中の噂を聞きつけて来ちゃいましたよ! いや〜、路地裏の隠れ家感、最高じゃないですか!」
ドアが勢いよく開くと、爽やかな笑顔とともに多々良が土足同然のテンションで踏み込んできた。彼は会社でも要領が良く、嫌味な上司・赤シャツの扱いも心得ており、あっという間に社内の評価と営業成績をかっさらっていくタイプである。
「多々良……わざわざすまないね。でも、うちはまだ準備中で……」
胃弱の主人が気圧されていると、多々良は店内をキョロキョロと見回しながら、持ち前の「商才」を炸裂させ始めた。
「先輩、甘いですよ! 古本と珈琲だけじゃ単価が低すぎます! インフルエンサーを呼んで映えスポット化するか、古本をセットにした高額サブスクを組むべきです! 赤シャツ部長も『あいつの脱サラなんてすぐ潰れる』って笑ってましたけど、見返してやりましょうよ!」
悪気なく放たれた多々良の言葉は、主人の胃にズシリと重く響いた。要領の良さとビジネスライクな現実論の前に、自分の小さなお店へのこだわりが「世間知らずの甘ちゃん」と言われているように感じられたのだ。
縮こまる主人を見て、多々良は「あ、これ手土産です!」と箱をテーブルに差し出した。川越の老舗洋菓子店で買ってきたという「河越抹茶タルト」である。
「これ、めっちゃ人気で並んだんですよ。まあ、先輩もたまには贅沢して頭冷やしてください!」
多々良が嵐のように去ったあと、静まり返った店内で主人はぽつりとつぶやいた。
「……あいつの言う通り、俺のやってることは甘いのかな……」
落ち込みながらも、主人は手土産のタルトを切り分けて一口頬張った。
サくッとした香ばしいタルト生地の上に、地元・川越で採れた「河越抹茶」の濃厚な生チョコとムースが贅沢に重ねられている。口に入れた瞬間、抹茶特有の深い苦みと上品な甘みが、しっとりと広がっていった。
「……うわ、すごい濃厚だ。苦いのに……すごく心地いい甘さだな」
どれほど世渡りが下手でも、どれほど要領が悪くても、時間をかけてじっくり味わう「本物の苦みと甘み」がここにはある。効率や要領の良さだけが人生のすべてではない――そんな力強いコクが、主人の胃袋と傷ついた自尊心を優しく満たしていった。
「……よし。俺は俺のペースで、泥臭くやるさ」
タルトを平らげた主人の顔には、いつもの静かな決意が戻っていた。
吾輩はカウンターから飛び降りると、要領の悪さも愛おしい主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うぐっ……ソーセキ。お前も要領よく立ち回るより、こうやって素直に背中に乗ってくる方が可愛いぞ」
主人は苦笑しながら、落ちないように背中を丸めて手でそっと支えてくれる。
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 川越市内の洋菓子店(一番街・仲町周辺)
- 川越グルメ: 河越抹茶タルト
- 小ネタ: 伝統の「河越抹茶」をふんだんに使用した、豊かな香りと濃厚な苦みが特徴のご当地タルト。要領の良さや世渡りの技術に圧倒された心に、じっくりと味わい深い「自分だけの価値観」を取り戻させてくれる。

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