【第12話】現代版・吾輩は猫である @ 川越

第12話:【落語と猫の知恵】小話の練習と、ズッシリ重い福蔵

吾輩は猫である。名前はソーセキ。

我が主人は、形から入るどころか、脱線することにおいても天下一品である。

「古本と珈琲の店」のプレオープンに向けて、接客のトーク力を磨くのだと息巻き、何を思い立ったか深夜に寄席の落語CDを聴きながら一人で小話の練習を始めていた。

漱石の描いた『猫』でも、苦沙弥先生の家にはやたらと落語や講釈好きの連中が出入りしてはおかしな演目を語っていたが、我が主人の場合は誰も聞いていない部屋で一人、手ぬぐいを扇子に見立ててパタパタやっているのだから実に不気味である。

「ええ、お立ち合い……時そばでございますな。『ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ……』って、ソーセキ、今の間(ま)はどうだ?」

真顔で吾輩に同意を求めてくるが、吾輩はあくびをひとつ噛み殺すばかりである。脱サラ準備で覚えるべき会計知識や豆の選別を差し置いて、なぜ落語のテンポを叩き込もうとしているのか。現実逃避もここまでくると立派な才能かもしれない。

「……ダメだ、やっぱり間(ま)が取れない。会社でも上司との会話の間(ま)がズレて怒られるのに、落語でも間が取れないなんて……」

案の定、一人で勝手に落ち込み始めた主人は、手ぬぐいを放り出してテーブルの上の和菓子箱に手を伸ばした。川越の老舗「くらづくり本舗」の代表銘菓「福蔵(ふくぐら)」である。

「……こういう時は、ズッシリ重い甘いものに限るな」

箱から取り出した「福蔵」は、手にとると見た目以上にズッシリとした重量感がある。芳ばしい最中(もなか)の皮をサクッと割ると、中から北海道十勝産の極上の小倉餡と、もちもちとした福餅(求肥)が顔を覗かせた。

「うわ……皮が香ばしくて、餡子とお餅の重量感がすごいな……。すごく真っ当で、ごまかしのない味だ」

口いっぱいに広がる豊かな甘みと餅の歯ごたえを噛みしめながら、主人はしみじみと呟いた。

「小細工した落語のトークなんかより、この福蔵みたいにズッシリと真っ当で、嘘のない本と珈琲を届けられればそれでいいのかもしれないな」

変な見栄や小手先のテクニックを捨て、シンプルで誠実な店作りを目指せばいい――和菓子ひとつの重みから勝手に悟りを開いた主人は、そのまま満足そうにコタツへ潜り込んだ。

吾輩は呆れつつも、落語の練習で無駄に緊張していた肩の力が抜け、素直になった主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。

「うぐっ……ソーセキ。お前が乗ると、福蔵より重いけどな……」

主人は苦笑しながら、落ちないように背中を丸めて手でそっと支えてくれる。

――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。

【今回の聖地&川越スポット】

  • スポット: くらづくり本舗(川越市一番街・久保町ほか)
  • 川越グルメ: 福蔵(くらづくり本舗)
  • 小ネタ: 川越蔵造りの蔵を象った、ズッシリと重みのある看板最中。自慢の小倉餡の中になめらかなお餅(求肥)が入っており、小細工なしの圧倒的な満足感と香ばしさが疲れた心と体を満たしてくれる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました