第3話:【タカダノババの馬】ホラ話とCOEDOビール
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人の「古本と珈琲の店」の路地裏には、時折、台風のような男が吹き荒れてくる。
地元の高校で国語を教えている主人の親友・菅(すが)である。声がデカく体躯の大きなこの男は、プレオープン準備で胃を痛めている主人の繊細さなど気にも留めず、ズカズカと店内に上がり込んでくるのだ。
「おい、ソーセキ! 生きてるか!」
漱石の描いた迷亭は「高田の馬場」で落馬しただのなんだのと大嘘をついて苦沙弥先生を煙に巻いたが、菅の連れてくるホラ話も負けず劣らずタチが悪い。
「店主! 朗報だぞ! 川越の古本屋に、あの夏目漱石の直筆サイン本が投げ売りされてたって噂を聞いたぞ!」
「えっ!? 本当に!? どこのお店!?」
脱サラ準備で焦る主人は、簡単に菅の言葉に飛びついた。しかし菅は、カバンからドカンと茶色の瓶を取り出すと、ガハハと大声で笑い飛ばした。
「ハハハ! 嘘に決まってんだろ! シャキッとさせようと思ってな! ほら、そんなシワ寄った顔してないで、これでも飲め!」
菅がテーブルに叩きつけたのは、川越が誇るクラフトビール「COEDO(コエド)ビール」の『漆黒-Shikkoku-』であった。
「菅さん、冗談きついよ……それに俺、まだ会社の仕事も残ってるし、胃も痛いのに……」
「バカ言え! 会社員と店の準備でウジウジ悩んでるから胃が痛くなるんだ! ロースト麦芽の香ばしい苦味で、モヤモヤを吹き飛ばせ!」
強制的に栓を抜かれ、グラスに注がれた深みのある漆黒の液体。主人は「まったくもう……」と文句を言いながらも、一口ゴクリと喉を鳴らした。
「……うわ、重厚なのに後味すっきりしてる。香ばしいな……」
「だろ? 重厚でどっしり構えるのが、城持ちってやつだ! 会社に胃を握られてる場合じゃないぞ!」
菅はバシバシと主人の背中を叩く。その豪快すぎるホラ話とビールの苦味に毒気を抜かれたのか、主人の顔からじわじわと悲壮感が消えていった。
嵐のようにビールを注ぎ足し、ホラ話を咲かせて去っていった菅。
静かになった店内で、主人はグラスの泡を見つめながら「あいつといると、悩むのがバカバカしくなるな」と小さく呟いた。
吾輩はカウンターから飛び降りると、少し酔いの回った主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うおっ……重い重い。でも、背中に重みがあると、地に足がつく気がするよ」
主人は苦笑しながら、吾輩が落ちないように手で支えてくれる。
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 古本と珈琲の店(川越の路地裏)
- 川越グルメ: COEDOビール 漆黒-Shikkoku-(協同商事 コエドブルワリー)
- 小ネタ: 川越発の世界的なクラフトビール。黒ビールならではの重厚な香ばしさと、すっきりとしたなめらかな飲み口が特徴。会社員としての迷いやプレッシャーを豪快に洗い流してくれる一杯。

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