第4話:【餅の怪談】ヒートテック暴走と、ポリポリ刻む音
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人は寒がりである。秋が深まると、部屋の中でも黒いタートルネックやヒートテックを重ね着し、まるで冬眠前のモグラのように丸まっている。
漱石の描いた先代の猫は、主人の残した餅を盗み食いして歯にくっつき、踊り狂うという醜態を晒したが、我が輩とて釈迦ではない。人間どもの脱ぎ捨てた衣類には、時に抗いがたい魔力が潜んでいるのだ。
その日の夜、主人が風呂に入っている隙に、吾輩は部屋の隅に脱ぎ捨てられていた黒いタートルネックの山に鼻を近づけた。主人の匂いと洗剤の香りが混ざり合った絶妙な温もり。吸い寄せられるように首元へ頭を突っ込んだのが運の尽きであった。
すっぽり。
頭を入れたは良いが、伸縮性のある生地が吾輩の頭部にぴったりと密着し、抜けなくなったのである。前が見えぬ。暗闇である。
「ぬにゃあぁぁっ!?」
慌てた吾輩は、頭に服をかぶったまま部屋中を狂ったように暴れ回った。畳を掻きむしり、コタツの脚に激突し、壁に頭をぶつけながらのたうち回る。まさに「餅を食べた猫」よろしく、無様なダンスを踊る羽目になったのだ。
「うわっ!? ちょっとソーセキ、どうしたの!?」
風呂上がりの主人が飛んできて、パニック状態の吾輩を抱きかかえ、慎重にタートルネックから頭をスポンと抜いてくれた。
視界が開けた瞬間、吾輩はハァハァと息を荒らしながら、精一杯の威厳を保とうと毛並みを整えた。しかし主人は、吾輩の無様な姿がツボに入ったらしく、腹を抱えて笑い転げている。
「ぶははは! なにやってんの!? 服を着ようとしてたの? お腹痛い……!」
散々笑い転げたあと、主人は涙を拭いながらコタツに入り、テーブルの上の紙袋から「いもせんべい」を取り出した。川越名物、翠扇亭(すいせんてい)の素朴なさつまいもせんべいである。
「はぁ……会社でも店の準備でも緊張しっぱなしだったけど、腹抱えて笑ったら吹っ飛んだよ」
主人はお茶をすすりながら、薄焼きのいもせんべいをポリポリと香ばしく噛みしめた。さつまいもの自然な甘みとパリッとした歯ごたえが、荒だった部屋の空気を優しく和らげていく。
笑い者にされた怒りは収まらぬが、腹を抱えて笑う主人の顔には、いつもの悲壮感が消えていた。吾輩はフンと鼻を鳴らすと、コタツで丸くなる主人の背中に「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うおっ……重い。でも、助けてやったんだから怒るなよな」
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 翠扇亭(川越市幸町・一番街)
- 川越グルメ: いもせんべい(翠扇亭など)
- 小ネタ: さつまいもを極薄にスライスしてパリッと焼き上げた川越の伝統和菓子。噛むほどに広がる素朴な芋の甘みと軽快な音覚が、日々のストレスをじんわり解きほぐしてくれる。

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