第5話:【首くくりの力学】画面の裏の虚無と、太麺焼きそば
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人は、週に一度「リモートワーク」なるものを執り行う。家から一歩も出ずに会社員としての責務を果たせる文明の利器らしいが、吾輩から見れば単なる「家の中で不自然な格好をする日」に過ぎない。
漱石の描いた学者・寒月は「首をくくるときの力学」について大真面目に演説して周囲を呆れさせたが、我が主人もまた、くだらないロジックを大真面目に語る点では負けていない。
その日、パソコンの画面に向かって畏(かしこ)まった顔で「はい、その件に関しましては……」と上着のスーツをビシッと着こなし、知的なサラリーマンを演じている主人がいた。
しかし、画面に映らない机の下に視線を落とせば――そこにあるのは、ヨレヨレの灰色スウェットと、毛玉のついた靴下である。
会議が終わると、主人は「ふぅ……」と盛大なため息をつき、画面を閉じた。
「ソーセキ、見ろよ。これが『現代の合理性』というやつだ。カメラに映る上半身だけ整えれば、下半身はどんなにダラけていても社会的信用は保たれる。無駄な移動時間も服の圧迫感もゼロ。まさに完璧なシステムだと思わないか?」
威張るように熱弁を振るう主人だが、その顔にはどこか空虚感が漂っている。
上半身は「デキる会社員」、下半身は「無職の休日」。画面の中の虚構と机の下の現実。その奇妙なアンバランスさに、主人の心は余計に摩耗しているように見えた。画面越しにどれだけ取り繕おうと、自分が会社という巨大なシステムに縛られた身であることに変わりはないのだから。
「……はぁ。なんか、家で仕事してると、ONとOFFの境目が分かんなくなって余計に疲れるな……」
主人はお腹を空かせ、昼休みに蓮馨寺(れんけいじ)の境内近くで買い込んできた川越名物「太麺焼きそば」のパックを開けた。
「こういう時は、モチモチしたものをガツガツ喰らうに限るな」
極太の麺に濃いめのソースがしっかりと絡み、キャベツの甘みが弾ける。ズルズルと豪快に口へ運ぶ主人の顔に、ようやく生気が戻ってきた。画面の中の虚構から、川越のB級グルメの圧倒的な「実体」へと引き戻された瞬間である。
「うまっ……やっぱり、こういう泥臭いウマさが一番落ち着くわ」
腹を満たした主人は、そのままフローリングの上に大の字になって天井を仰いだ。
吾輩は呆れつつも、スマートなスーツと情けないスウェットの境界線あたり――主人の背中へ、静かに飛び乗ってやった。
「うぐっ……お前、容赦ないな……。でも、実体のある重みって落ち着くわ……」
――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 蓮馨寺境内周辺(川越市連雀町)
- 川越グルメ: 川越太麺焼きそば(みどりや、まことや など)
- 小ネタ: うどんのように太いモチモチの麺と、ソースのコクが特徴的な川越のソウルフード。リモートワークの画面越しで疲弊した胃袋と心に、ド直球の満足感を与えてくれる。

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