第7話:【泥棒の侵入と猫の熟睡】ルンバの襲来と畳の上の哲学
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が古本と珈琲の店に、ついに「ハイテク」の波が押し寄せてきた。主人が「これで清掃の手間が省けて、本と珈琲に向き合う時間が増える!」と嬉々として導入したのが、最新型のロボット掃除機――通称「ルンバ」である。
漱石の描いた我が先代は、家に泥棒が侵入したというのにぐうぐうと眠りこけ、まったく役に立たなかったという。しかし、現代の猫にとってもっとも警戒すべき侵入者とは、泥棒などではなく、この「ウィーン」という不気味な重低音を響かせて畳の上を徘徊する機械の怪物である。
午後、主人が買い出しに出かけ、静まり返った店内。 自動タイマーが作動し、充電ドックから緑のランプを点滅させた怪物がぬっと這い出してきた。
「ウィーーーン……」
機械は一直線にカウンターの下――吾輩が優雅に午睡を貪っていた畳の特等席を目指して突進してくる。
普通ならば跳び起きてキャットタワーへ避難するところであろう。しかし、吾輩は微動だにしなかった。川越の老舗の蔵が何百年と台風に耐え抜いてきたように、吾輩もまた、猫としての尊厳と動じない心を証明せねばならぬ。
ただ冷ややかな視線を怪獣に向け、悠然と寝そべったまま尻尾をパタリと一振りのみ。
「ウィーン……ガツン」
ルンバのバンパーが、吾輩の威風堂々たる肉球の数ミリ手前で吾輩の「障壁」に接触した。するとどうだ。機械は困惑したように電子音を「ピピッ」と鳴らすと、吾輩の圧倒的な存在感に押されるように方向転換し、コトコトと虚しく去っていったではないか。
勝利である。
しばらくして、買い物袋を下げた主人が帰ってきた。部屋の真ん中で行き倒れたように止まっているルンバと、その横で泰然自若と丸くなっている吾輩を見て、主人は目を丸くした。
「えっ……ソーセキ、お前一歩も動かなかったの? ルンバの方が避けて通ったのか……」
主人は可笑しそうに吹き出すと、ルンバをドックに戻し、吾輩の頭を撫でた。
「すごいな。僕なんて会社でもこの店でも、何か問題が起きるたびにオタオタして避けてばかりなのに……お前は機械のプレッシャーにも動じないんだな」
主人は感心したように呟き、疲れ切った様子で畳の上にそのままゴロリと横になった。自分の店を持ったとはいえ、日々押し寄せる小さな不安やトラブルに右往左往してしまう自分と、どっしりと構える吾輩を比べ、ささやかな敗北感と安らぎを感じているらしい。
吾輩は呆れつつも、畳の上に倒れ込んだ主人の背中へ「ひょい」と飛び乗ってやった。
「うおっ……重いな。でも、動かないお前の重みが、一番安心するよ」
主人は背中を丸め、落ちないように身体を低くしてくれる。肉球越しに伝わってくるのは、機械の冷たさとは真逆の、不器用だが一生懸命に生きている主人の温かな体温だ。
――まぁ、今宵もお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 古本と珈琲の店(川越の路地裏にある和洋折衷の店舗)
- 小ネタ: 伝統的な畳敷きの小上がりがある川越の古民家カフェや古書店。ハイテクなロボット掃除機とレトロな畳空間のミスマッチが、現代の川越らしい独特の情緒を生み出している。

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