第6話:【胃弱の特効薬】エナドリと胃腸薬と、豪快な親友
吾輩は猫である。名前はソーセキ。
我が主人は、相変わらず胃痛と戦う日々を送っている。脱サラして自分の店を持ったは良いが、売上という不確かな数字に怯え、精神の揺らぎがそのまま胃腸にダイレクトに響く体質なのだ。
そんな主人の机の上には、川越駅前のドラッグストアで買い込んできた「エナジードリンク」と「胃腸薬(タカヂアスターゼならぬ現代の胃薬)」が怪しげに並んでいた。カフェインで無理やり脳を覚醒させ、荒れた胃を薬でなだめるという、実に矛盾に満ちた泥縄式の延命措置である。
「はぁ……今日も開店から二時間、客が来ないな……」
主人がため息を吐き、胃薬を水で流し込もうとしたその時であった。
「おいっ、ソーセキ! 生きてるかー!」
ガラリと店のドアが開き、地鳴りのような大声とともに大きな影が雪崩れ込んできた。主人の高校時代からの親友で、地元の高校で国語を教えている男――菅(すが)である。菅虎雄という厳めしい名を持つこの男は、声も身体もデカく、繊細な我が主人の対極に位置する豪快な男だ。
「菅さん!? 大声出さないでよ、胃に響く……」
「ハハハ! 相変わらず情けない顔してやがるな! ほら、そんな薬ばかり飲んでるからダメなんだよ。これでも食え!」
菅がドカンとテーブルに置いたのは、蔵造りの街並みで買ってきた名物『いも恋』の紙袋であった。ホカホカの湯気とともに、さつまいもとつぶ餡の甘い香りが広がる。
「甘いもん食って、ドカンと腹括れ! 会社辞めて自分の城を持ったんだ、胃を痛めてる暇があったらどっしり構えてろ!」
菅はバシバシと主人の背中を叩く。その力強さに主人は「ぐふっ」とむせ返っていたが、不思議と薬を飲んだときよりも、その表情からスーッと悲壮感が消えていくのが分かった。
菅が無茶苦茶な論理で主人を励まし、嵐のように去っていった後。店内には再び静けさが戻ってきた。
主人は『いも恋』を一口頬張り、「……やっぱり、薬より美味しいな」と小さく笑った。
吾輩はカウンターから飛び降りると、主人の足元へ擦り寄り、背中を見上げる位置で「にゃあ」と鳴いてやった。吾輩が背中に飛び乗ると、主人は落ちないように少し姿勢を低くしてくれる。
肉球越しに伝わってくるのは、エナジードリンクの人工的な熱ではなく、友人とのやり取りで熱を帯びた、主人の生きた体温だ。
――まぁ、今宵もお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。
【今回の聖地&川越スポット】
- スポット: 菓匠右門(川越市幸町など)
- 小ネタ: 川越名物「いも恋」は、モチモチの生地にホクホクのさつまいもとつぶ餡がぎっしり詰まった人気和菓子。胃弱の主人の心を(そしてお腹を)優しく満たす特効薬である。

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