【第1話】現代版・吾輩は猫である @ 川越

第1話:【ジャムの買い食い】芋の魔力と胃弱の憂鬱

吾輩(わがはい)は猫である。名前はソーセキ。

我が主人は、週5日は会社という巨大な機構の摩耗した歯車として胃痛に耐え、休日は川越の路地裏で「古本と珈琲の店」のプレオープン準備に追われる、哀しみきった胃弱サラリーマンである。

胃腸薬を肌身離さず持ち歩いているくせに、会社でのストレスと開業のプレッシャーが極限に達すると、この男は異常な行動に出る。

金曜の夜、疲弊しきった顔で帰宅した主人の手には、ずっしりと重い紙袋が握られていた。

「ソーセキ……俺はもうダメだ。今日は甘いものを補給しないと脳が死ぬ……」

うわ言のように呟きながらテーブルに広げたのは、菓子屋横丁で買い込んできた川越名物「おさつチップ」であった。

漱石の描いた苦沙弥先生は医者に止められているジャムをコソコソ大食いして怒られていたが、現代の主人は脱サラの不安を言い訳に、深夜の糖分過剰摂取に走るのだから性質(たち)が悪い。

「これ、プレオープンの打ち合わせ用に買ったんだけどさ……我慢できなかった」

バリバリと音を立てておさつチップを貪り食う主人の姿は、哀愁を通り越して浅ましい。胃弱の癖にそんなものを胃袋に放り込めば、明日の朝どうなるかなど火を見るより明らかである。吾輩が「やめておけ」と冷ややかな視線を送ると、主人は気まずそうに袋の口をキュッと結んだ。

「……分かってるよ。半分は明日にするよ……」

結局、案の定夜中に胃もたれを起こし、胃腸薬を水で流し込みながらソファで丸くなっている男。本当に世話の焼ける主人である。

吾輩は呆れつつも、冷えたリビングで痛む腹を抱える男の横にそっと寄り添い、背中に飛び乗ってやった。

「うぐっ……重い……でも、温かいな……」

情けない声で呟く主人の頭を、吾輩は肉球でポンと叩いてやる。

――まぁ、今宵はお前の背中が少しばかり温かいから、許してやるがな。

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